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第16章 序 に代えて(2)

あいさつ

新潟国際情報大学情報文化学部長 槻木公一

おはようございます。

私は新潟国際情報大学情報文化学部長の槻木です。

本日は、本学の国際シンポジウム「東アジア地域交流の歴史的変遷と発展状況」に、皆様方、多くの方々にご参加をいただき、まことにありがとうございます。

本シンポジウムには本学の教員のみならず、はるばる中国北京から北京師範大学の歴史学院長·楊先生をはじめ10名の先生方にお越しいただきました。

先生方、本当に遠いところをお越しいただき、ありがとうございます。

おかげさまで、今日と明日の2日間にわたり、シンポジウムの表題に示されました東アジア地域交流の歴史的変遷と発展状況に関して、3つの時代の観点から捉えた様々な報告、および、最後に行われます総合討論において、価値ある討論や意見交換が活発に行われることが期待できます。

どうぞ皆様方、最後までご参加をいただきますようよろしくお願いいたします。

今後とも、是非、このような意義ある国際交流が続けられますことを願いまして、私のあいさつとさせていただきます。

ありがとうございました。

北京師範大学歴史学院院長 楊共楽

尊敬する平山学長先生、槻木学部長先生

尊敬有する研究者の皆様、出席者の皆様

新潟国際情報大学が主催するこの国際シンポジウム「東アジア地域交流の歴史的変遷と発展状況」に参加することができて、私はとても嬉しいです。

ここではまず、北京師範大学歴史学院を代表して、この国際シンポジウムの開催に敬意を表します。

東アジア諸国は、世界を校正する重要な部分です。長い歴史において、東アジア諸国は交流を行い、互いに緊密な関係を築きました。交流の歴史において、互いに相手国を理解し、自分の認識を豊かにし、相手国の長所を学び、自分の視野を広げました。交流およびそれによって生まれた影響は、相互の友情を増進するばかりでなく、東アジア諸国それぞれの文明発展を進めました。今回は、「東アジア地域交流の歴史的変遷と発展状況」についてシンポジウムを開催し、東アジア地域交流の特徴と未来の方向性について報告と討論を行います。これは、学術の面においても国際協力関係の構築においても、重要な意味があります。

本日、このシンポジウムには、東アジアの地域協力に関心を持つ研究者と新潟市民が参加していますが、これは、本シンポジウムの出している課題は、多くの関心を集めていることを物語っています。ほんとうに嬉しいことです。

北京師範大学の教員はぜひこの機会を通じて、新潟市民の見解を深く学び、皆様の素晴らしい知恵を吸収したいです。同時に、私たちも、自分たちの研究感想を発表することで、国際交流と地域協力に関する皆様の思考に有益な参考を与えることができれば幸甚に思います。

この国際シンポジウムの参加者として、私たちはこの機会によって、東アジアの交流の歴史をより深く理解し、歴史の回顧を通じて未来を把握し、現在のあり方を検討したいです。皆様と一緒に、東アジアの交流協力の必要性と可能性を討議し、相互の対立を解消する道を探り、幸せな未来のあり方を探りたいと、期待しております。

最後に、シンポジウムの円満成功をお祈りいたします。

新潟国際情報大学のいっそうのご発展をお祈りいたします。

ありがとうございました。

(區建英 訳)

特別講演

知事時代に推進した北東アジア経済圏構想

新潟国際情報大学長 平山征夫

新潟国際情報大学の学長に本年4月就任したばかりですが、北京師範大学と共同でこの国際シンポジウムを開催できますことを、喜んでいます。師範大学には当大学の派遣留学生の受け入れなどで大変お世話になっておりますが、これまでの大学度同士の交流の成果が今回のシンポジウムとなったと思っています。

基調講演を仰せつかりましたが、私は研究者ではありませんので、適任かどうか疑問ではありますが、知事という立場で北東アジア経済圏の推進にどう取り組んできたか、またどう考えてきたかなどをお話します。

私が日本銀行の新潟支店長として赴任してきた1989年頃は、ペレストロイカによるソ連の開放により、それまで閉ざされていた日本海が戦後45年ぶりに交流の海に変わり始めた時でした。軍港として立ち入り禁止だったウラジオストックとの間に新潟から航空路を開設しようという動きが一挙に盛り上がりました。市内ではロシア物産見本市などが開かれ、物珍しさもあり多くの市民が押し寄せていました。

地政学上の有利さもあって、新潟では「環日本海経済交流圏」構想の議論が進むとともに、交流拠点としての新潟の発展に期待が膨らんでいきました。

1992年に私は新潟県知事に就任しましたが、選挙公約の重要政策のひとつが「日本海·関越ベルト地帯振興構想」というものでした。これは東京からロシア·中国東北部に向かう関越軸と日本海軸の交差する新潟を環日本海圏の交流拠点として、発展させようという構想です。その構想の中心は人と物の交流促進と、それを支える輸送等交通インフラの整備推進でした。

しかし、この北東アジアの交流圏形成に携わって、いくつかのことに気がつきました。それは、①世界の他の経済圏と異なり、国の一部で構成されている(ロシア極東、中国東北3省等)ため、国家間の協力体制が得にくいこと、②また、経済レベルも文化も全く異なること,③しかも 各国が保有している資源が異なるため,これを有機的に組み合わせる難しさがある(日本·韓国=資本と技術、中国·ロシア·北朝鮮=資源と労働力)こと、④更には、戦後45年が経過しているが、この地域には戦後処理問題がまだ存在していること、などでした。そこで、経済圏構想推進に当たっては「この地域の特性を考慮し、予防的平和と互恵の精神を大切にしよう」と呼びかけました。

交流圏構想の推進の事務局を担ったのは、県が主体となって設立した「環日本海経済研究所(通称エリナ)というシンクタンクでした。構想推進は新潟県が主催し毎年開催する「北東アジア経済会議」がその中心的活動の場でした。同様の会議は他県でもいくつか開催されましたが、議論の内容、集まるメンバー等みてもこの会議が最大かつリーダー的会議だったと自負しています。それには、この地域の国内唯一の研究機関としてのエリナの研究功績等があったほか、道半ばで亡くなられたけれど、新潟には佐野藤三郎(亀田郷土地開発組合理事長)、藤間丈夫(日本海研究会)をはじめとする先達がいて、古くから人脈による信頼関係を構築していたからでもあったのです。このことは、いつまでも忘れてはならないと思っています。特に佐野は黒龍江省·三光平原の開発では政府間の国交回復に先駆けて活動していた人物です。

こうした交流圏構想の高まり、現実の往来の活発化もあって1990年代には中国と新潟を結ぶ航路が増加、新潟と上海·西安およびハルピンを結ぶ2つの航空路も開設されました。しかし、経済圏形成につながるような交流は期待したほどには進みませんでした。ロシアの市場経済へ移行の混乱、中国の急速な発展と投資リスクなど、現実の経済交流には種々の課題があったからです。

新潟での航路·航空路の開発、物流量の増加、朱鷺の繁殖成功、ロシア·ザルビノ港と中ロ国境輸送手段の開発診断など、それなりの成果も挙がっていましたが、中国、ロシア、モンゴルは、日本、韓国等に対し「これだけの投資メリットがある」と宣伝に努める一方、「リスク云々を言い訳にして投資しない」といって強い不満を会議でも発言していました。一方、一部出席者からは「喧嘩もしたが、理解も進んだ。そろそろ議論から実践へ移ったほうが良いのではないか」との意見も出されていました。

そこで私は「EU,NAFTAなどの動きを見れば、将来この地域にも政府参加の正式な経済連合組織を構築する必要があるだろう。しかも21世紀の世界の成長地帯になるかもしれない、大量の資源保有地域である。この地域のあり方が世界の平和と経済の安定に及ぼす影響は大である。従ってその方向を展望した行動を今起こすことが必要である。その場合APECが非公式民間会議のPECCから発展して生まれたように、北東アジア地域にもこれまでの経済会議に参加していたメンバーが集まって、まず「非公式会合」組織を作ってはどうか、そこでこの地域の発展の具体的プログラムと協力体制作りをし、そのうえで政府参加を呼びかけることにしよう」と提案しました。最初は皆な実現可能性がないと渋っていましたが、議論の末これに賛同するメンバーが多くなり、そのメンバーで「組織委員会」という名称で立ち上げることになりました。それから3年、エリナを事務局に北東アジア経済会議の前日に組織委員会を開催するほか、他の国でも委員会を開催するまでになりました。そして具体的活動としてまずこの地域の「輸送回路」問題を取り上げ、次に「環境」問題を取り上げることとし、参加各国のシンクタンクのメンバーを中心に「小委員会」を形成、共同研究をし、提言レポートをまとめる作業を行いました。

「北東アジア地域の輸送回路」についての提言は、実際に物流調査を現地で行ってまとめた労作で、この地域の物流活性化のため、優先的に整備すべき9つの輸送回路と貿易手続きの改善等を提言したものです。このレポートを持って手分けしてメンバーで各国政府に提言して廻りました。私も中国政府の担当局長を訪問しました。その際局長からは「有益なレポート評価します.中国側の整備については、極力対応します。ただ、中国の交通網とつながるモンゴルの整備が心配です。日本が協力してくれると良いのですが」とのことでした。その後、日本政府のモンゴルのインフラ整備へのODA適用の働きかけをするとともに、環境とエネルギー問題についても実践的議論を重ねていきました。

こうした活動の第2ステージへの移行の土台を造ったところで、私の12年の知事を退任しました。今、振り返ってみても、北東アジアの交流促進に熱い情熱を燃やし、新潟県知事として最優先課題としてこの問題に取り組んだことは、間違いではなかったし、やりがいのある仕事でもありました。ただ残念ながら、一般の県民や企業にとっては、直接には関係が少ないためか必ずしも関心は高くはありませんでした。

退任して4年近くが経過、この間に北東アジアの経済は格段に安定·発展していますが、その割に経済圏構想が進展しないのは何故なのだろうか、残念に思いながら見ています。また、この地域の経済圏構想の実現を目指して、各国と協力して立ち上げた「組織委員会」も、その後活動をしていない。

東アジアの発展ぶりは目覚しい。しかしこの地域の経済圏構想は具体化しない。このことに我々はもっと強い問題意識を持つべきでしょう。東アジアでのFTAをめぐる問題ですら、日本と中国のイニシアティヴ争いみたいになっているのは残念です。

EUでは長年のライバルだった独·仏が地域連合の発展のため歴史的握手をしました。この地域でもそろそろ日中が無条件で手を握るべきであると思います。これまでの北東アジアの交流に携わってきた新潟という一地域の活動が、その構想実現に向けて更なる貢献をすることを期待するとともに、この国際シンポジウムがその一環として、大いに意義あるものになりますよう祈念しております。

この地域の問題解決は同時に地球全体が抱えている課題の解決にも通じるものです。地球温暖化問題、原油·食糧価格の高騰などグローバルでかつシビアーな課題に人類は直面し始めています。各国が自国の利益を優先していては、解決できない課題ばかりです。北東アジアが抱える課題について、まず日中が新たな価値観のもと解決に向けてスタートすることに、我々大学人が手を携えようではありませんか。

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